木を見て森も見る 

夏は熱気を冬場の冷気をさえぎる「遮熱材」は高断熱工事以上に必要だ。 

「遮熱」とは、夏の厳しい太陽光線を反射し、冬は冷気も反射すること。
断熱工法がいまだに住宅業界で話題になるが突き詰めて「高断熱・高気密」に取り組んでいくと、それだけでは住い心地の良い住宅にする事に限界がある事が分かってくる。
日本の住宅には寒冷地を除くと「高温多湿」の気候をどうしたらすごしやすく出来るかの工夫が、結構あるものです。屋根の庇を長くして、夏場の日差しをさえぎりながら冬場の日差しは取り入れることや、開口部を大きく取り
風の流れを作るなどとあわせて、窓の外に「よしず」をかけるなど生活の工夫が施されている。
高断熱工気密が話題になったところは北国、この北国では、極端に言えば「冬場だけを考えればよい」
しかし日本の各地は夏場対策と冬場対策の相反する問題を解決しなければならないわけです。
北国同様に断熱・気密さえすれば快適な家になるわけではなく、時には過剰なまでの断熱が夏には過ごしにくい環境を生み出すことも、考慮する必要があるのです。
言葉は「断熱」しかしこの材料は熱を断つのではなく、熱の伝わりを遅くするだけだとしたら断熱ではなく「遅熱」でしかない。
そこで必要なのが、太陽の光線や冷たい冷気を反射してしまう「遮熱」という考え方なのです。
屋根面は93%、壁は65~80%、床下は50~75%が「電磁波=熱線」輻射熱によるものだといいます。
太陽エネルギーの50%は赤外線の形で地球に届きます。
この赤外線があたると物質はエネルギーを得て熱を持ちます。
建物は熱を持つとそれ自身が、赤外線を発するようになるわけです。
今までの常識は、建物空間での熱損失の大半は、伝導熱と対流熱によるものと考えられてきました。
ペンシルバニア州立大学の報告によれば、建物におけるほとんどの熱伝達は輻射熱によるもので、建物全体の熱移動の75%を占めているといいます。
これからは、建物に注がれる熱線を反射することこそ必要なのです。




高断熱・高気密・・・・② 

高断熱・高気密その手法だけで本が何冊も出版されている。
「外断熱が良い」それも断熱素材は・・・・同じ外断熱でも使う素材や施工の仕方で、差別化をはかったりもしている。
その対称にある内断熱も同様で、グラスウールやロックウールのような古典的な材料、羊毛を使った断熱、コルク、新聞紙を綿状に加工したセルロースファイバーを使う会社もあれば、水発泡ウレタンなどの吹き付け工法も普及していったいどれを選べばよいのか迷ってしまうと思う。
私は、羊毛とコルクを除けばそれ以外の素材すべて(ただしFCにしか使えないものは除くが)の断熱材を使ってきた。
住み心地のよさを求めるとき、断熱だけを考えて家を造るわけにはいかないことは少し考えればわかることだ。
なぜならば、どんなに断熱性能に優れていても、隙間だらけの家では効果がない事は明白だから。
とすると、気密を確保し将来にわたってその性能の劣化を防ぐ事が出来る素材や施工でなければならない事になる。
その意味では、外断熱は多くのうち断熱材と比べて気密が取りやすい事は事実である。
内断熱では、アイシネンの断熱のように発泡させて構造材と密着する施工方法が、気密と断熱を間違いなく確保できる工法と言える。
それ以外のグラスウールやセルローズファイバーなどはビニールで気密工事をする事になるので、確かな施工を期待しないほうが無難だと思う。
と、ここまでは断熱と気密の話。
でも工事費はとなると又別問題で、一番安いのがグラスウール。
気密をそれほど気にしない、そして壁体内結露なども考えなければ高性能グラスウールを使うのが一番安上がりだ。
その対極で一番高いのが、ソーラーサーキットなどの採用している外断熱材なのは間違いない。
内断熱がいいとか外断熱が・・・という論争や材料選びをするくらいならいっそのこと内も外も断熱工事をすればいいのだと思う。
勿論予算はかかるが組み合わせさえ正しければ一番効果的な方法では無いだろうか。
しかし重要なことではあるがどちらにしても、完成したら見えなくなる部分だということは共通。
そこでもう一つ、ではその断熱材の外に来る外装の仕上げはどうなのだろうか。
外断熱・内断熱だから、大切な仕上げ素材に制限があったり、それでも無理して使うととてつもなく高くなるようでは
そんな断熱工法や素材は意味を成さないと思う。
大切ではあるが、所詮家造り全体の中で見れば、パーツでしかないからだ。
それこそ「木を見て森を見ない」ではないが断熱工法がよければすべて「いい家になる」とはいかない事は少し考えればわかることだ。
予算や自分の住みたい家の姿がはっきりとしている人にとっては「釈迦に説法」なのだが。

ところで高断熱高気密の家は五月ごろからエアコンを使わないと暑いという話もある。
北国で開発されてきた「高断熱・高気密」だけに夏場の対策はさほど真剣に考えていなかった反動かもしれない。
この問題の解決は「遮熱」によって可能になる。これは次回




家づくりの「こだわり」・・・だけどバランスが大切/高断熱・高気密① 

この場所は、家造りに取り組んでいる施工者として日常感じたことや、出来事とあわせて「家づくりのヒントになれば」と
思い書いていきます。
「木を見て森を見ない」こんな諺がありますが、ここでは一緒に「全体から部分を見る・部分から全体も見る」という姿勢で家造りを考えて見ましょう。
そのキーワードは「バランス」です。


「高断熱・高気密」について①
家造りに情熱を燃やす人が増えている。それはそれで素晴らしいことだから良いことだと思う。
しかしだ、何か家全体ではなく細部にだけこだわる人を見ると、それだけで「いい家が出来るはずはないのに」と思う。
「木を見て森を見ない」そんな例えではないが、もっと広い目で将来も考えて家造りを楽しんで欲しいもの。
例えば高断熱・高気密
それが住い心地にストレートに影響するのは確かだが、そのために隙間を懸命にふさいでいく努力をしている一方で、壁に穴を開けて「計画換気」をしなければならない矛盾などいい例では無いだろうか。
それなら、「一種換気」にして熱交換させれば・・・確かにそうだ。
私自身も10年前そう思ってセントラルヒーティングとセットで家造りをしてきた。
しかし、長く使ううちに配管内部の汚れが心配になってくる。
モデルハウスで試しに噴出し口に白いフィルターを取り付けてみると、フィルターから出てくる空気が汚れているため「真っ黒」になってしまうのだ。
それが分かってからは、一番シンプルな第3種換気に変えたのだが、今度は冬場折角温めた熱が逃げて寒くて仕方がないという苦情をいただいてしまった。
人がいてもいなくても、一日中一定量換気をするシステムは、人工的にお金をかけて隙間を作っていることと同じだったのだ。
結論を言うと「人が集まる場所」だけ汚れをナイロンリボンセンサーが感知して、空気の流入と排出をコントロールするシステムに変えてからは、この苦情はなくなった。
しかし、一種換気よりは安いが、3種換気よりも高いのが「玉に瑕」である。
何もかも自分の思うようにはならないが、予算も含めてバランスが大切だと思うしかない。




集成材の家は木造住宅か? 

まず率直な疑問があります。 国産材であれ外材であれ「接着剤で強度を持たせた集成材」は材料なのか木材なのか? 構造材として必要な要素が「強度」であるとしたら、その強度を保持するのに重要な役割を果たしているものこそ、大切なのでは無いだろうか。国産材が豊富にある日本で、わざわざ薄くスライスして接着剤で材料を作る理由が分からない。 「無垢材は品質がバラバラだから・・・」確かに一理ある。人と同じように自然の中で育ち成長した木材はそのまま、一本一本素性が異なり性質も違う。同じ山、それも隣にあった木でもことなっているのだ。 それはまさしく、同じ両親の元で育ち同じ食べ物を食べている兄弟姉妹でも、姿かたち・性質が異なっているのと同様なのだ。クローン人間ではあるまいし、マッタク同じ人がいたら気持ち悪いことこの上ない。 異なるからこそ面白く、互いに理解しようとするから成長する。 折角の木材を「バラバラに引き裂いて接着剤で均等の材料を作る」なにもそんな事をして余分な手間やエネルギーを使う必要などないはずだ。確かに木材の量の方が接着剤よりも多いが、求めている強度が接着剤で成り立っている家が、本物の木造住宅などとはけっしていえないはずである。 強さ、それも均等に計算できるから・・・そこには素材の持つ味わいや楽しみなどを感じることはできない。 料理で言えば、若い女性が料理教室に通って「塩は小さじ一杯」「お水は●●㏄」などと誰が作っても平均的な食事を求めていることと何ら換わりはしない。 集成材で家を造り物理的な寿命は例えあったとしても、情緒的かもしれないが愛情とか愛着とか言う心の問題が解決できるとは思わない。代々受け継がれていく事を目的として造られる「200年住宅』はなおさら感情を抜きに考えられないのでは無いだろうか。 集成材で造った家は、工業材料としての安定性は確保できても、木造住宅ではない。 日本の山には、使いきれないほどの木材が眠っている。 エコロジー・環境にやさしいというのであれば何よりも、その木材を余すところなく使う工夫こそ本物のエコロジーでは無いだろうか。