二百年住宅に必要なこととは
地震対策「耐震構造」「免震構造」「制震構造」とは
大地震に耐えて、その後再生活を我が家で過ごせるか、それとも「仮設住宅のお世話になるか」は震災後の生活に決定的な影響を与えるといいます。
震災直後からしばらくの間は、テレビや新聞でその状況は遠くにいても知る事が出来ます。
しかし、一年二年と経過してからは震災の起きた日はともかく、その後の様子を知る機会はほとんどありません。
けれども、震災後数年が経過しても、仮設住宅に済み続けなければならない人は大変多く、相変わらず困難な生活を余儀なくされています。
「地震に強い家を造る」家造りに携わる私たちが当然の義務として追い求めなければいけないことなのです。
そこで、地震に対してのスタンスというか対処の方法を考えて見ましょう。
大地震に遭遇しても「崩壊しない家」これは住宅性能表示の耐震等級1にあたります。
「崩壊しなければ」家から逃げる事が出来る。ということですがそれが最低限の基準でしょう。
しかし、それでは震災後我が家で再生活をスタートする事はできません。
これからは、崩壊しないだけでなく、損傷を極力小さくする工夫が求められるはずです。
その対応として
①耐震工法・・・・・・一言で言うと「骨組みを丈夫にして地震に耐える」
具体的には、耐力壁を増やし、構造材の接合部をしっかりと接合して建物の骨組みで地震に対抗する技術です。
限界を超えるような大地震には、一部建物の骨組みを損傷させることで地震のエネルギーを吸収する仕組み。
これが今まで一般的な家造りでした。
木造住宅では、筋交いや柱・梁の太さなどが影響します。
一方、ツーバイフォーのような「枠組み壁工法」は構造合板などで壁を固めて地震に対抗します。
耐力壁は建物に対してバランスよく配置することでより強度が保たれるのです。
地震には、直下型地震のように下から突き上げるものもあれば、前後左右に揺れる地震もあります。
そのどちらにも、「踏ん張って耐える」これは最低条件です。
筋交い・・・・短期の外力である風や小規模な地震の際は有効です。しかし、大規模な地震では部材や
接合部が破損しやすくなります。
そこで、合板等で補強した耐力壁を増やす、筋交い金物、山型プレートなどの金物で
接合部の補強を図ればよいのです。
②免震工法・・・・地震の揺れを断つ
基礎部分に免震装置を取り付けて建物と地盤を切り離し、大地震の振動をゆったりとした揺れに変える仕組みです。
大地震の振動に効果が大きいのですが、軟弱地盤や狭小敷地に設置できないことと、なによりも施工費が
高価なことがデメリット。
超高層マンションや大型のビルなどに採用されては来ていますが、いかんせん一般住宅には・・・
③制震工法・・・・土台と梁の中間に設置した振動吸収装置が建物の振動を吸収して建物の揺れを軽減。
大地震や、風、台風、交通振動まで幅広い振動対策として効果を発揮します。
地盤や敷地条件などの制約がなく、特に大地震後の大きな余震や繰り返しの余震に効果がある。
建物が地震の被害を受けるときは、地盤と建物の固有振動数が゛大きく関係してくる。
一般的に建物の振動数と地盤の振動数が近いとき、地震が発生すると「共振現象」が起こり、建物の揺れが
大きくなり、建物は大きな地震被害を受ける。
この『共振現象』から建物を守るには、耐震構造は効果が期待できない。
制震工法は、建物の揺れを小さく押さえることで地震の被害を軽減するのが特徴。
揺れが小さければ、家具などの転倒による被害も少なくなるわけです。
制震設計の考え方とは
「柱・梁・壁」等の構造物の主体部材が負担しなければならない変形エネルギーを軽減し、振動エネルギーを
熱エネルギーに変換して主要構造物の健全性を確保する長寿命建築の構成が可能な装置。
耐震工法を基本として、長寿命の家造りに「制震工法」を導入するのが施工費も含めて現在考えられる一番良い方法 だと思います。
建物のダメージを軽減し、本震後、繰り返し襲う「余震」対策、そして建物内の家具の転倒を軽減してくれるのなら
これほどいい事はなさそうです。
後は、装置の設置費用が適切な価格で、何度襲うか分からない地震に繰り返し効果を発揮してくれれば
言う事はありません。
地震に対する備えなくして二百年住宅とは言えない!
家を造るときに、必要な条件は様々ですが家は「住む人の生命財産を守る」ことが最低条件です。
最近の大地震の事例として
1995年兵庫県南部地震 2004年新潟中越地震
マグニチュード 7.3 6.8
震度 7 7
死者 6,434人 51人
負傷者 43,792人 4,794人
全壊・半壊棟数 249,180棟 1,600棟
余震 250回, 本震発生後2時間以内に震度6が3回、
その後1ヵ月間に、825回の有感地震を計測。
すさまじい被害をもたらしたこれらの地震ですが、ここで注意したい事があります。
地震から命を守る事が最低条件、しかし地震の後の余震で全壊したり、全壊しなくとも住める状況ではない。
これでは、生命は守れたとしても、財産は守れない事になります。
そこで、注意しなければいけないのが「余震」の問題です。
地震直後から発生する「余震」について考えてみましょう。
一般的に地震が起きると、最初の地震より小さな地震が続発します。
最初の地震を「本震」、後の地震を「余震」といいます。その特徴は
①余震の数は本震直後に多い。10日目に約10分の1に減る。
②余震の中で一番大きなもの(最大余震)のマグニチュードは平均すると本震マグニチュードより1程度小さい。
③最大余震発生のタイミングは、内陸部では本震から約3日以内、海域では約10日以内に発生する。
1995年の兵庫県南部地震では2時間後、1994年の三陸はるか沖地震では9.5日後でした。
④大きな余震による揺れは、場所によっては本震の揺れと同じ程度になる事がある。
1996年鹿児島県北西部の地震(M6.5)では、4月3日に最大余震(M5.6)が発生、
同県川内市でも、ともに震度5強の揺れとなった。 「出展:地震調査研究推進本部HP」
適切かどうか分かりませんが、ボクシングで言えば強いパンチを貰ってもなんとか立っていられたが
その後の少し強いパンチがヒットしてノックアウトされてしまったボクサーに本震直後の余震で壊れた家が重なります。
多くの余震が本震後に襲い掛かるわけですが、それでも安全な家造りが必要なのですね。
しかも200年と言う時間の中で、このような地震に何回遭遇するかはマッタク分かりません。
一度目の大地震に耐えても、そのダメージを少しでも軽微なものにする工夫が必要です。
ガラスの大地といわれる日本列島・・・地震に強い家を造る。

二百年住宅に必要な条件とは
耐震性に優れた構造
耐久性の確保
時代の変化に対応する仕組み
歴史に耐えられる住いのデザイン様々な要素がある中で、私なりに大きく考えるとザットこんな要素が浮かんできます。
「耐火性能はどうなの」「いや●●もそうだよ」「もっとあるよ」といわれるかもしれません。
それはおいおい考えるとして、「ガラスの大地」といわれる日本列島。
毎年のように「大地震がこの国を襲っている」これは現実です。
となると、200年もの長い間、大地震に遭遇するリスクは一度や二度では無いでしょう。
それはことによると、今この瞬間、それとも明日、何時起きても不思議ではない地震について、考慮しない建物は
とても「二百年住宅」などといえないのです。
ところでまずは「地震に対しての考え方」を整理してみる必要がありそうです。
一般に言われる「耐震性能」のイメージとはどんなものでしょうか?
恐らく大多数は、大きな地震に対して「踏ん張って耐える」ということだと思います。
窓もない極端に言えば箱のような家を造れば、この耐震性能「剛性」は強くなりますが、それではとても家とは言えません。
明るい日差しや、風通しは日々の生活を快適に営む事に欠かせない条件なのは言うまでもないのです。
しかし一方、この快適さそのものを求めるがゆえに無理な設計や間取りが、地震に対して弱い家造りにつながってしまうのです。
そこで、出来るだけ要望をかなえながら構造の安全性を確保する手段として欠かせないのが
「構造計算」ということになります。
一般的な木造住宅は、三階建てをのぞけばこの「構造計算は不要」でした。
二階建て以下の木造住宅等(四号建築物)は、建築士が設計など下場合建築確認申請で構造関連の審査が
免除(これがいわゆる四号特例)され一部書類提出が必要ありませんでした。
この四号特例の見直しが、「今年の六月からスタート」・・・・・だったのですが、どういうわけか腰砕けになってしまい
しばらくは、状況を見るということのようです。
建築業者や、製材業者など素材産業から見れば「四号特例の廃止」はとんでもなく衝撃があるからでしょう。
ビジネスとしてみればまさしくそのとおりですが、「なんとなくこれなら安全」という前提で造られる顧客は
何時までたっても、地震に対して不安を持ち続けなければならないことになっています。
それならば、「家族の生命財産の安全を確保するためにも』あなたがやらなければいけない事はたった一つです。
国や行政に頼らなくても、地震対して安全な家を造る事は出来ます。
それは、住いを造るにあたって「構造計算」を施主として条件にすればよいのです。
簡単なことではありませんか。
これが、最初の二百年住宅への第一歩だと思ってください。
昔の地名はその土地の様相を現している。
平成の市町村大合併や地名変更によって、昔からあった土地の名前が消えています。私の住む街も地名が変わりおしゃれな名前になったのですが、これによってもとの土地の様子を表していた名前が消えてしまいました。
今の名前は「川越市かすみ野●丁目●●番地●号」と変わりましたが、昔の名前は「川越市大字笠幡字東水久保●●番地」だったのです。
昔の名前には笠幡・水久保などいかにも元の土地の姿が現れています。
大きな団地に造成されて元の土地の姿は分からなくなってしまっていても、「昔の名前」には間違いなく土地の様相が表れていると思います。
団地全体が埼玉県の入間川と小畔川に挟まれた土地ですから、大雨が降ると雨水が下水管からあふれて
逆流するときもあるのです。
元の土地の様子を知るには、その土地に古くから住む人に聞くか登記所や役場に行ってその土地の大字、小字を調べてみることです。
そこに「沼・河・沢・窪・葦・・・・」など湿地や谷、水に絡む地名があれば注意する必要がありそうです。
200年住宅の基本・・・地盤
木造住宅それぞれの部位を考える






